ルーツ探しで貴重な堀出物と我が家の副産物


4月早々に鶴城ケ丘高校の市川徹男先生から吉見善太郎と云う方を
知らないかと連絡があり昔の蚕糸学校の校旗の寄贈者が解らない
から調べてほしいとの要望で、吉見というからには井桁屋に関係
があるらんと思いましたが確認の為息子が図書館で聞きましたら
間違いなく井桁屋閉店時の覚四郎氏の父方である事が判明しました、
当方も当時の史実に元ずく背景に興味を持ち幡豆郡誌、西尾史誌
で調べましたが成程当時西尾きっての商売人篤志家であることが
解りました。



当の市川先生はこの3月に37年間の教員生活を無事に終えられ
定年退職せられましたので、埋蔵品が日の目を見るような
貴重な発見を置き土産とせられ当方もその一助を忝けなく致し
喜ばしき限りでありました。
それに伴い大正11年はどんな年かその時代背景が知りたくて
我が家の資料を探してみましたら私の生まれる2年前で
大分現世とはかけ離れ文字通り古きよき時代であった
ことを痛感致しまして、その沿革の一端をメモリアル
致しました。

写真は井桁屋店頭西尾史誌より

昭和初期のこれは大黒屋ですが当時の番頭さんたちや
店舗の考証です


我が家で見っかつた往時の記録帳です、私岩崎好夫の
出生時には向かう三軒両隣より祝って頂きご祝儀まで
頂戴致しております誠に有難き限りでありました。


満1歳くらいの小生です